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胆力を兼ね備えた思考法を身につける知識のゴミを捨てれば...

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胆力を兼ね備えた思考法を身につける知識のゴミを捨てれば、答えは見える【2】:PRESIDENT Online - プレジデント

http://president.jp/articles/-/6889 【出展】

胸にぐっと響きました。

皆さまにも是非読んでいただきたくてご紹介させてください。

「先の先」を見る鍛錬の極意

しかし、よほど修練を積んでいる人でないと難しいはずだ。たいていの人は「あっ」と驚いたとたんに何も考えられず、体が硬直化してしまうのが落ちである。そのように足裏が床について動けないような状態のことを、武道の世界では「居着き」という。

私たちは日常生活のなかでも心理的なストレスを受けると、心身の能力が低下する。たとえば、予想もしなかったことで上司から突然叱責を受けて身がすくむ思いをして、「頭のなかが真っ白になった」という経験を持っている人も少なくないだろう。それも居着きなのだ。

そんな思考停止状態の一種ともいえる居着きを防ぐためには、どうしたらよいのか。『日本辺境論』など数々のベストセラーを世に送り出す一方で、合気道の師範として多くの道場生に稽古をつけている神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏は、「危機的状況に直面しても身体能力を下げない『胆力』を鍛えることが大切。矛盾しているように聞こえるかもしれないが、自分から驚いてしまえばいいのです」という。

普段、私たちは胆力のない人を「驚かされやすい人」「びっくりしやすい人」と考えている。しかし、武道の世界では胆力についてもう一段深いところで考察する。普段何か変化があっても、ついそれを見過ごしてしまう。やがて、その変化が限界を超えていきなり身に降りかかってきたとき、一気にパニック状態に陥る。そのようにして胆をつぶしてしまう人のことを「胆力のない人」と見るのだ。

「『驚かされる』ことは受け身の姿勢だから、胆がつぶされてしまう。逆に『驚く』ことは能動の姿勢で、そういったことが起こりません。では自ら驚くためにはどうするのかとうと、身の回りで起きた小さな変化に対して『へぇー』『ほぉー』と敏感に反応していけばいいのです。その段階なら打ち手はいくらでも出てきて、十分に対応できるでしょう」

武道の世界で「名人」「達人」と呼ばれる人は判で押したような生活を送るものだという。なぜかというと、日常生活のなかに起きる小さな変化を読み取る感覚を研ぎ澄ますことができるから。

東郷平八郎元帥は、あるとき道を歩いていて荷馬がいるのを見て、道の反対側にさっと回って避けたそうだ。すると、そばにいた人が「武人のくせに、荷馬ごときを恐れるとは」と笑った。しかし、東郷元帥は「どんなおとなしい馬でも、何かのはずみで狂奔するかもしれない。道を迂回すれば、無事を保てる。荷馬に蹴られて務めに支障が出ることこそ、武人の恥ではないか」とすましていたという。

「逸話のなかでは触れられていませんが、東郷元帥が歩いていたのはいつもの通り道で、毎日その荷馬を見ていたのでしょう。そして、そのときは荷馬が異常に汗をかいていたり、周りにアブが飛んで嫌がっていたりしたか、いつもとは違う雰囲気であることを察知して、危険を回避したのだと思います。一度も負け戦をしたことがなく、『運のいい男』と評された東郷元帥ですが、そうした変化を察する能力が、きっと数々の戦に活かされていたのでしょう」と内田教授は見ている。

この東郷元帥のように、身に災いが降りかかる前に変化を察知して身を処することを、武道の世界では「先の先」という。一方で胆力のない人が変化を見過ごし、最後に胆をつぶして居着いてしまうのは「後手」に回っているからである。

こうした教訓はビジネスの世界においても応用ができる。経営方針を決める重要な会議に臨む際に、「こういった質問が出たら、こう答えよう」という想定問答をつくることがある。しかし「そう考えること自体がすでに受け身の姿勢で、後手に回っています」と内田教授は批判する。

「これで事足りる」と安心していて想定外の質問が出た途端、頭のなかが混乱してしまう公算が大きい。

「『こういった質問が出たら』ではなくて、『こういう質問をさせよう』と180度逆の思考で先手をとったらいいのです。同じ内容のことを応答するのであっても、『される』のと『させる』のでは、その場を支配する力が決定的に違ってきます」と内田教授は指摘する。

しかし、自分より強い立場にいる社長から難しい質問を投げかけられたような場合には、どう処したらよいのか。内田教授は「『生まれたときから、すべてこうなると運命で決まっていた』『他の人よりもうまくやれるから、この場にいるのだ』と割り切ってしまいましょう。そうすると、ぎりぎり追い詰められた状況でも、気持ちが落ち着いて先手に回れるようになります」と話す。

自分を守ろうとすればするほど、相手の出方を窺って後手に回ってしまう。武道の稽古は、「守るべき私」を廃する道でもある。「こんなことがなければ」「あいつがいなければ」という気持ちは、その守るべき自分から発せられている。そうした気持ちを振り払い、後手から先手に切り替えられれば、危機的場面も打開することができるはず。それを武道の世界では「後の先」という。